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季刊誌「ハーネス通信」

2011年07月のバックナンバー

東日本大震災にあたって

burogu.JPG 東日本大震災にあたって
 この度の東日本大震災により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申しあげますとともに、被災された皆様に対しまして、謹んでお見舞い申しあげます。
 私たち関西盲導犬協会は、昨秋に法人設立30周年を迎え、「さあ、はりきって頑張ろう」という矢先の震災でした。私たち自身も節目を迎え、大変な時期ではありますが、これまで多くの皆様に支えていただいた「ありがとう」の感謝の気持ちを込めて、微力ながら復興支援に協力させていただく所存です。
  公益財団法人 関西盲導犬協会


 被災地での支援活動
  福井 良太
 4月9日から16日まで、東日本大震災によって被災された視覚障がい者の避難状況を確認し、支援をおこなうため、岩手県大船渡市の避難所50カ所を巡回しました。
 新幹線がストップしていたため、空路で岩手に飛び、釜石、陸前高田の状況を見てから大船渡に入りました。内陸部から沿岸の町に入ると、津波が到達した地点で風景が一変します。経験したことのない光景に、体が緊張し、胃が重くなるのが分かります。木材がこすれたような独特のにおい。破壊された巨大冷凍庫からあふれ出した魚介類の腐敗臭。それに群がるカモメたち。道路の両側に積み上げられたガレキを縫うように走行することには、1週間経っても慣れることはありませんでした。
 この時期、震災から1ヵ月が経過し、被災地で水や食料などの生活物資が足りないことはありませんでした。豊富な支援物資もさることながら、自衛隊による支援体制がしっかりと敷かれていたことが大きいでしょう。自衛隊の本部隊は遠野市の総合グラウンドに野営していたのですが、場所を選ばず支援体制を作ることのできる自衛隊は、有事の際に頼りになる作戦部隊だと感心しました。
 さて肝心の支援活動ですが、ガレキの山を縫うように道路を走り、頼りにならないカーナビを見ながら、避難所となっている公民館等を1日10件以上のペースでまわりました。途中、道が封鎖されていたり、避難所の場所が変わっていたりで、なかなかたどり着けない場所も多々ありました。それでも、結果として5名の視覚障がい者の方にお会いでき、その方々から、ほかの13名の視覚障がい者の安否確認を取ることができました。
 支援と言っても、我々にできたのは、視覚障がい者サポートの専用ダイアルを伝えることと、音声時計(しゃべる時計)を提供することくらいです。しかし、「誰かが皆さんのことをサポートしたいと思っています」と伝えるだけで、相手の気持ちはずいぶん違うのだろうと思います。実際、お会いした方々の表情が和らいでゆくのが分かりました。。
 今後も被災地の視覚障がい者を継続的にサポートしつつ、近い将来東海地方を襲うと言われている巨大地震に備えなければならないと思います。災害時に訓練センターが出来ることは限られていますが、盲導犬ユーザーとボランティアを中心とした地域防災ネットワークを災害前に構築することは可能です。避難所となったお寺のご住職いわく、「最初の3日を生き延びれば、何とかなる」。そのための仕組みを、早く作りたいと考えています。
 最後に、日本盲人福祉委員会からの急な要請にも関わらず、7日間の支援活動を快く了解してくれた職場の皆さんに感謝致します。 また、お風呂のない公民館に滞在した我々6人に、自宅のお風呂を提供してくださった遠野市の地元の皆さんにも深く感謝申しあげます。

     被災体験を思う
  兵庫県 仁枝 玲子
 東日本大震災で被災された皆様にお見舞い申しあげます。また、今もなお避難生活をおくられている皆様にエールをお送りしたいと思います。
 私も16年前には阪神・淡路大震災のために避難生活をしました。
 当日の朝は、倒壊は免れたものの物が散乱している部屋の中から兄がパートナーのハノンを担ぎ出し、私をおぶって連れ出してくれました。その後、3時間近くはハノンをかかえて、ラジオを聴きながら道に敷いた布団に座り込んでいたことしか記憶にないですね。
 そしてその後は、日中は片付けをしながら家で、夜は倒壊の危険を避けて体育館で寝泊りしていました。体育館では、布団(途中からは畳)でエリアを確保し、プライバシーなどない生活でした。そんな中で他家族の布団を踏まないようにする移動は私には難しく、母の背にピッタリとくっついてハノンを後ろに従えて歩いていました。寝るときにはハノンを中心にして他の人に迷惑がかからないように気をつけていました。
 幸いにもハノンのフードや水は、倒壊を免れた家で確保することができていたので困ることはありませんでしたが、もし家がなくなっていたら配給されたお弁当を分け合って食べるしかなかったんじゃないかと思います。
 3日目には私だけは訓練センターに避難させてもらい、2月初旬の大学の期末テスト期間を除いて、3月中旬までをセンターで過ごしました。テスト期間はハノンをセンターに預けて友達の家を流浪させてもらってましたね。
 そんなこんなを振り返ると、家族はもちろん、多くの友人や周囲の人々に支えられていたからこそ、私はあの数ヵ月をすごせたのだと思います。
 それを教訓に、一人暮らしをしている今は同じマンションに住む人はもちろん、近所の人にも私から積極的に挨拶をするように心がけています。街の中ではパートナーを触る人には注意をしますが、マンションの中では笑顔で触られるままにし、それを機に言葉を交わすようにもしています。
 その甲斐あってか、今では駅を出ると「マンションまでいっしょに行きましょうか」、エレベーターに乗ると「4階ですよね」などのように、「ワンコ連れのあの人は、あのマンションの○○○号室に住んでいる」と周知されてきたように思います。
 天災は思わぬ時にやってくるといいます。"その時"に備えて、できるだけのことはしておきたいと改めて思っているこのごろです。

 非常時に向けた行政との連携
  兵庫県 深谷 佳寿
 今回の東日本大震災でも、以前の阪神・淡路大震災でも、盲導犬を伴って避難所で生活すると言う選択肢は、なかなか難しいのが現状なのでしょうか? 自宅が被災した場合には盲導犬を協会にお預けになられるか、盲導犬とともにご自身が親戚や知人の家や盲導犬協会などを利用するケースがほとんどのように見受けられます。
 避難所は一人当たりのスペースも狭く、盲導犬を伴うには解決しなくてはならない課題が多いと判断されるのも仕方のないことかも知れません。しかし、全ての盲導犬ユーザーが理解ある知人にスムーズに受け入れてもらえるとは限りません。
 安全な生活のために、避難所を利用したり、場合によっては救助を求めなければならないこともあるはずです。そんな時、盲導犬の存在が本来望むべき選択肢を断念する理由になってしまっていたとしたら、とても悲しいことではないでしょうか。
 新潟県中越地震では、盲導犬ユーザーさんが地元の避難所で生活されたケースが存在しました。このケースでは、当時避難所を管理していた地元役場の職員さんたちは「体の一部のようなものなのだから同伴して当然」というスタンスであったとお聞きしています。もちろんご本人のお人柄あってのこととも思いますが、行政のこうした対応もあり、他の利用者からもスムーズな受け入れを得て、避難所生活が成り立っていたことも事実でしょう。
 実はこの地震の数ヵ月前に新潟県では大きな水害があり、地元ユーザーの会が行政に対して避難所への受け入れや、ヘリでの救助時や救急車での搬送時の盲導犬同伴などを申し入れたりといった活動をしていました。こうしたことも、中越地震時の対応にそれなりの影響を与えていたのではないでしょうか。
 ユーザーが各地元で、出身協会の枠を超えてまとまり、それぞれの地域行政に今必要なことを伝えていくことも、いざという時に役立つ一つの方法なのではないでしょうか。

 関西盲導犬協会の使命~私たちがするべきこと~

 関西は、16年前に阪神淡路大震災を経験しました。
 その経験を活かし、盲導犬を使用する視覚障がい者を支援することが私たちの使命です。
 16年前の阪神淡路大震災、そして今回の東日本大震災。その被害の大きさを目の当たりにして、もし身近なところで同じような大きな災害が起きた時、いったい何ができるのか、暗然たる思いを抱いた方も多かったのではないでしょうか。
 "なにか"が起きた時、関西盲導犬協会は果たして何ができるのでしょうか。
 視覚に障がいをもつということは、災害時にはやはり大きなハンディになります。例えば、掲示物などさまざまな視覚的な情報が得られなければ、周囲の状況も、どこでどんな支援が受けられるのかもわかりません。多くの避難している人の間を縫って歩かなければならない避難所では、トイレに行くことすらままなりません。寸断された道路やがれきの中を視覚的な情報がないまま歩くことは困難を極めますし、廃材などが散乱した道では盲導犬が足にケガをする危険を伴います。
 しかも被災地支援の活動報告を聞くと、通信手段が機能しないだけでなく、個人情報保護が壁になり、支援したくても支援を受けるべき人が何処にいるのかわからない、という状況があったようです。
 つまり、災害発生後から数日の間、それぞれの方がその地域でなんとか避難しながら過ごしていくために、日頃からどんなことをしておくべきか、考えておく必要があります。
 まず個人でできることとして、防災グッズの用意があげられるでしょう。グッズの中には人間用だけでなく、数日間は過ごせるためのフードや水、タオルや犬用の靴など犬用のグッズも入れておきましょう。また、盲導犬が手元から離れてしまった場合のことも考えて、自分の盲導犬と確認できる、あるいは周囲にわかってもらえるような工夫も考えておきたいものです。
 そして、日頃から地域に自分の存在を知らせるよう積極的な声かけをに心がける、避難場所を確認する、といったユーザー自身の工夫も大切なことですが、関西盲導犬協会として、ユーザーが地域の中で孤立することなく暮らしていくために、その地域でサポートを依頼できるような民生委員やボランティア団体などの情報を収集し、フォローアップなどの機会を利用してユーザーに提供できるようにしていきたいと考えています。

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